往復書簡 LONDON⇄東京 vol.11|羽田朋美

ロンドンで暮らすマキオくんこと、エディター・関根麻貴と、東京で暮らすへねちんこと、ニームツリー・マガジン編集長・羽田朋美の往復書簡

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マキオくん

元気にしているかな。
前回のLONDONからのおたよりから、20日以上経ってしまった!!!

めちゃめちゃかっこいいバービカン・エステートをはじめ、少しずつロックダウン前に戻り始めているロンドンの街並み(白衣のアイスクリームおじいちゃん、最高!)、そして部屋のピオニーの写真もとても素敵だったし、何よりマキオくんの文章がとても気持ちにフィットして、世界も、日本の社会も人も、いろいろな意味で過渡期にある時期にこういう言葉のやりとりができて、本当によかったなって思ったの。
そんな思いをすぐにでも伝えたかったのに、時間が経ってしまい、失礼したよ。

今年の6月は、いつになく早かった。
子どもたちの保育園や学校が再開し、あの騒がしく慌ただしい飯炊きdaysから解放されて少しゆとりができると思いきや、仕事もドドドと始まって、あっという間に7月。
撮影したり、原稿書いたり、校了したりの日常が戻ってきたよ。

6月頭に仕込んだ梅シロップは、あっという間に三兄弟の腹の中
床に寝そべりながら硬いボールで肩甲骨をほぐしている時に撮影
自粛生活の締めくくりは、夫まぁこによる裏庭作り

前回の書簡では、「BLACK LIVES MATTER」のことを書いてくれてありがとう。
「その国で生まれ育っていながら身の危険にさらされつつ生きるという、日本人には想像し難い経験がそこにある」というマキオくんのメッセージを読んで、私もあの後、色々調べてみたよ。公民権運動とキング牧師のことは近代史で学んだけれど、キング牧師が暗殺された1968年に開催されたメキシコシティオリンピックの200m走の表彰台で、金メダリストのトミー・スミス選手と銅メダリストのジョン・カーロス選手がブラックパワー・サリュートを行ったことや、それが彼らのその後の人生を大きく左右したことは、まったく知らなかった。
「制度的人種差別」という言葉も、初めて知った。
黒人として生まれただけで経済的機会から排除され、その後の人生が不利になる人種的不平等の仕組みがアメリカの社会構造に組み込まれているという事実に言葉を失ったよ。

直接的な人種差別に加え、黒人であるということだけで、本来誰もが有しているはずの人権が国家権力を盾にした暴力によって踏みにじられる脅威。
そして、制度的人種差別でしょう。
もう、何なの、この三重苦は! 
思わず叫びたくなったけれど、その力も湧かず、途方に暮れてしまったよ。
だけども、マキオくんが書いてくれた
“すっごく深くて大きな問題だけど、無視せず考え続けることが、この前話してくれた『地球のレッスン』の「誰かの力になること/不正義と戦うこと/人々のために立ち上がること」の第一歩だと感じたよ。人種差別だけじゃなく、環境や貧困、政治、いろんなことに対しての。”
という言葉に元気をもらえたから、まだまだへこたれない。
マキオくんのこのメッセージは、この先も、何度も読み返すと思う。

今、この時代はまさに過渡期だね。そして、これまで人類が英知をかけて何度も解決を試みたけれどできなかったことが再び浮き彫りになって、今こそ根本的に変えていく段階にきている感じがする。
やっぱり、正義に反すること、不誠実なことはやり過ごせないんだと思った。
ないもの同然に蓋をしてやり過ごしたとしても、必ず再燃する。しかも、より大きな問題となって、再び目の前に現れる。
自然災害の規模は年々大きくなっているし、“内閣が2つくらい飛ぶ”ような事件は、幾度となく起こっているし。
なんかもう、考えれば考えるほど、ため息が出てしまう。
でも、ぼやいていても始まんないし、お気楽に生きているだけじゃ変わらないから、今すぐできる社会をよくするためのアクションとして、まずは明日、都知事選の投票に行ってくる。

家の写真ばかりでアレだが、庭の紫陽花。いかに外出していないかがわかるね笑
家庭菜園を始めてみたものの、もはや何を育てているのかわからない

今ね、アップ前にもう一度推敲を……、と思ってこの書簡を読み返して、ハッとした。
冒頭に書いたはずの記事が、まるっと消えていたの。
それはね、自粛後最初の撮影の仕事が、サイキック・ヒーラーと一緒だったという話だったんだけど。
しかもサイキック・ヒーラーとして取材をさせてもらったのではなく、別件でお仕事を依頼したら、その方がサイキック・ヒーラー(しかもこちらが本業)だったという。取材の後、ちょっと不思議な感覚を味わって、そんなことや、そこから湧き起こった「勘が鋭くなりたい」という気持ちについて(私は勘が鈍い方ではないと思うけれど、ほら、ときどき間違っちゃうじゃない)とか結構いろいろ書いたのに、全部消えちゃった!
もう一度書き直そうと思ったのだけど、そのことを書いて、私は結局何を言いたかったのかをうまく思い出せなくって。
ここに書くべきではなかったということかな。
また時期が来て、スラスラ書ける日が来たら再チャレンジしてみるね。

この仕事をしていると、見えないものが見える人とか、宇宙とつながっている人に会える機会が多いじゃない。
私が忘れられないのは、雑誌『Neem』でマキオくんと沖縄へ行ったときのこと。
UAさんを訪ねてやんばるまで行く前夜、ホテルの部屋で、自然と翌日のインタビューの予習となるような会話になったんだよね、私たち。宇宙とかエネルギーとか、そういう壮大な内容だった。当時の私はそういうことをまったく知らなかったから、あの予習のような会話がなかったら、翌日のインタビューをきちんと理解することはできなかったと思う。その後、場所を移して行った別の方のインタビューでも、憑依とか開眼とか、なかなかディープな“ど”スピトークが繰り広げられ、帰りの飛行機で私は、沖縄の取材旅行で“わかった”深淵の知恵について、涙ながらにマキオくんに語ったんだった。多分、“わかった”ことがうれしくて、魂が震える!みたいな感覚だったんだと思う。
でもこの一連の話、マキオくんはまったく覚えていないんだよね(笑)。
それがまたおもしろくて。

私はまぼろしを見ていたのだろうか。
多次元が折り重なるってこういうことなのかなと思ったり。
サイキック・ヒーラーの女性との出会いで、再び当時のことをありありと思い出したよ。
マキオくんはあの時のこと、今もまったく覚えていないでしょう?(笑)。

東京は自粛解除後、感染者が増え続けているよ。
まだ気の抜けない日々だということを痛感。
腸内環境を整えて、免疫力を上げていこうって思った。

7月も、おたがい健やかに過ごそうね。

2020年7月1日(水)へねちん

PROFILE

羽田朋美
3歳・6歳・9歳の三兄弟の母、編集者。大学卒業後、教職と迷いながらも雑誌編集者の道を諦めきれず、60 社の入社試験を受けて全て落ちたのちの最後の一社である編集プロダクションに「執念」の入社。アイドル誌の編集、アイドルの写真集の編集に携わる。2001年よりローティーン誌『ラブベリー』(徳間書店)編集部勤務。深夜帰宅・徹夜が当たり前の過酷な日々であったが、充実した雑誌編集者ライフを送る。2004年より同誌副編集長・編集長を歴任。2010年長男を出産し、産後2ヶ月で「執念」の職場復帰。ママ雑誌発刊への夢を膨らます。2011年、ママ雑誌『Neem』を企画。2012年2月、同誌を立ち上げ編集長に就任。2013年4月、徳間書店を退社。編集チーム「Neem Tree」を設立。趣味はキャンプと家族旅で、タイ、スリランカ、ボルネオ島など自然豊かな地を巡る。
【Instagram】tomomi_26_tree

関根麻貴
ファッションエディター/ライター/ディレクター。主な仕事に雑誌『装苑』『FUDGE』『KINFORK』、多数のブランドムック、英国ブランド『MARGARET HOWELL』『SUNSPEL』の日本版カタログ制作など。2019年春よりロンドン暮らしをスタート。東京でもロンドンでも生活は変わらず、ひとり気の向くまま過ごす日々。趣味は写真、映画、アート、コンテンポラリーダンス観賞、旅、ヨガ。モットーは「人生は全部ひまつぶし」。真面目に、全力でひまをつぶしています。
【Instagram 】sekinemaki 
【note】https://note.com/makisekine/m/m48fb72d934d5