人生を豊かにする旅の話「すまあみさんの島日記 第3話 八丈島 2019年夏〜2020年冬」

休みがあると、日本の島に行きたくなる。

島は自然にあふれていて、都会からすると少し不便なこともあって、かわりにのんびりと時間が流れている。そこで生活をしたいから、できれば1週間とか、長くステイするスタイルの旅を好む。島にいくと私たち家族も変わっていく。テレビも携帯もない日々とか、朝おきがけに海に飛び込むとか、夕飯のおかずをしとめに釣りをするとか、星をながめながらおしゃべりする時間とか。大切な体験が増えて、自然があると、沢山はいらないんだって思うんだ。

▶︎▶︎▶︎前回はこちら「すまあみさんの旅日記 第2話 出羽島 2018年夏」

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島好きが高じて、夫が友人と新たなプロジェクトを立ち上げた。
日本の島々にリモートワーク設備完備のシェア会員制別荘を建てて「暮らすように島に滞在する」ことを提案するんだそうな(プロジェクトのリンクページはこちら)。
この第一件目が八丈島に決まったので、夫の仕事に便乗して、夏休みは島で過ごそうということになった。前半は私たち一家と夫の仕事のパートナーの男性2名と、後半は家族水入らずで全6泊7日の予定をたてた。終業式が終わってすぐに羽田から45分の南国に飛行機で乗り込んだ。

お宿は得意の民泊サイトで見つけた、高台から海を眺めるシンプルなバンガローだった。テレビはないし携帯の電波だって届かない。(最高だ)
ウッドデッキがついていて、星空のもとで飲むビールもおいしかったし、なんといっても起きた時に目に入る海と通り抜ける風が最高に気持ちよくて、朝からみんなでヨガをした。にこの宿題だって、いつもよりうんとはかどっていた。

それから念願のシュノーケルに出かけた。昨日到着してから観光センターで教えてもらった、子連れでいけるシュノーケルポイントは、ウミガメに遭遇の確立が高い浜だそうで、すごく楽しみにしていた。

ところが海についた早々、事件が起きた。
わたしたちがシュノーケルをしていた割とすぐ近くで泳いでいた方がおぼれてしまい、命をおとしてしまった。

詳細を書くつもりはないけれど、本当に怖い出来事だった。
わたしと娘は持っていた浮き輪を救助している人たちに貸して海岸まで一目散に泳いだ。湾の中とはいえ、わりと深い所まで来ていて、確かに波の引きがかなり強かったので、娘が無事に泳ぎきれるか過剰に心配をした私に「にこはひとりで泳げるから、だいじょうぶだよ」って娘は何度も言っていた。彼女が結構な距離を落ち着いてたくましく泳ぐさまが、動揺している私をなんとか正気にもどしてくれた。

それからわたしたちは逃げるように海を立ち去った。みんなさっきまですごく楽しかったのに、もう何を話せばいいかわからなくて、長い間口もきけなかった。自然を前に人はすごく弱いことを初めて身近に感じた。死は恐ろしかったし、何もできなかった無力さもすごく苦しかった。

誰が言い出したのか、夕方になって、みんなで釣りにいくことになった。
海を見るのはまだ怖くて、自然と向こうに深い緑が見える防波堤に落ち着いた。
みんな無口で空を海をみつめながら時間を過ごした。青空から夕暮れに変わっていく空と、姿を変えて流れていく雲が見たことないくらい綺麗だった。暗くなるまでねばっても魚は一匹もとれなかったけど。

それからの島ステイには常に怯えがついて回った。

子連れも大丈夫と聞く浜や磯プールに行ってみたものの、少しでも波のうねりを感じると不安になってしまった。自然の力を吸収してどんどん強くなりたい娘は、すぐはじけようとするのだけど、私がいつもの気持ちで背中を押してあげることができなくて、すぐ水辺を後にする日が続いた。

それでも毎日夕方になると魚を釣りに堤防に行った。
夕暮れに差し掛かる頃の空や凪いだ海はいつも本当に綺麗だった。

二日目には娘はすっかり釣りにはまっていて、行くと毎日1匹だけ小さくて極彩色の魚が釣れた。その魚の名前を調べて夫と一緒にさばいて、調理をしていただくという「夜ご飯を自分でしとめる」ことがいたく気に入ったようだった。
おさかなはどれもなかなかおいしかった。

今年2月にまた夫の仕事のついでに八丈島についていくことになった。夫のパートナー一家と、友人家族も一緒だった。8月も一緒だった彼と空港で会って「あれからはじめての八丈島だね、ちょっとまだドキドキするね」と話した。

ハイキングをしようと、八丈富士に登ることになり、ハイキング口に車を停めて山頂に続く階段を登った。八丈富士には低木しか生えていなくて、高くなるほどに島の全景が眼下に見えた。思ったより道は急で長く、足ががくがくしてきたけど、高い所にのぼるのは大好きだからわくわくしてきた。

山頂に到着すると、火口の縁を歩けるようになっていて、そこに立つとまるで世界のてっぺんにたっているみたいだった。風が下からびゅーびゅー吹いていて私も空を飛んじゃいそう。この場所が気に入って、しばし座り込んで下に広がる海を見ていたら、びゅーっと潮が白く吹き上がったように見えた。

なんだろうと目を凝らしていたら「くじらの潮吹きだよ!」って子供たちが騒ぎ出した。もっと見ていたら、白い身体らしきものがぷかーっと水面に浮くのが見えた。本当だ!すごい!初めて見た!!

姿はみえないけれど、白いしぶきがくじら

次の日はみんなでお気に入りのシダの森を歩きに行くことにした。
ここに生えている天然記念物のヘゴシダはびっくりするほど大きくて、森に足を踏み入れるとジュラ紀に迷い込んだような気持ちになる。大きな恐竜が突然現れてきそうだ。
奥に進むと滝の下をくぐる場所があり、シダの隙間からこぼれる光が水と反射してきらきらしている。湿気た植物からは良い匂いがして、深呼吸すると身体が内側からすっかりきれいになったような気がする。

本当は、夏、あの事故の後にもすがる気持ちでここに来ていた。でもあのときは呼吸すらうまくできなくて、しょんぼり帰ったんだった。

それから行き会った地元の方から「この先にくじらが良く見られる足湯があるよ」と教えてもらったので早速行ってみることにした。足湯は海からあがったすぐの見晴らしのよいところにあって、この日の海はまた結構荒れていた。ちょっと思い出すかな、と怖かった。

足湯につかって、子どもたちに「くじらを呼ぶ舞」を踊らせたりしていたら、またプシュッっと白い霧があがった。海の向こうにくじらが現れたんだ!

今日のは山から見る「点くらい」のよりもずいぶん近くに見える。
潮を吹いた後に白いお腹としっぽがぐるんとなるのがよく見えた。何回も同じ場所で潮を吹いては回り、ちょっと移動してまたプシュッ、を繰り返していた。
みんなでずーっと、くじらが見えなくなるまで見続けた。
一同、うれしくて、楽しくて、びっくりした!
海はやっぱり偉大だった。

宿の支配人が双眼鏡を貸して持たせてくれた。くじらは写真に収められず、残念!

自然の力は時にとても恐ろしい。
わたしは小さいころから泳ぐことが大得意だったから「海は絶対大丈夫」という根拠のない自信を持っていた。それで娘にも是非そう感じられるようになってほしいと願いながら一緒に遊んできた。今は、おごっていたと思う。
自然に人は到底太刀打ちできないことがあることを思い知った。

でも自然は厳しいだけじゃなくて、その驚異でわたしたちを想像できないくらい感動させてくれる。懐が底なしに深い。
恐怖を抱くのはとても苦しかったけれど、最後にそれを癒してくれたのも自然だった。

また八丈島で過ごす夏を楽しみにしている。

*事故にあわれた方のご冥福を心からお祈りします。

PROFILE

すまあみ
ウォールペインター。東京出身。16歳より17年間を北米で過ごす。 NYでライターとして活躍したのち「人を笑顔にする仕事がしたい」とこども部屋のカスタムペインターに転身、 現地でこども部屋やキッズショップのウォールペイントを手掛けた。 2010年に日本へ帰国し長女日子(にこ)を出産。現在は個人宅のほかに、保育施設や公共施設、ファッションストアや百貨店等での作品提供等を行っている。2015年にはファミリアが運営するプリスクールのアート 講師に就任し、こどもの自由な感性によりそったアート教育に従事している。
【HP】https://www.amisuma.com/  
【Instagram】https://www.instagram.com/amisuma/?hl=ja